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タスキのおもみ

81-hakone-start2 すっかりお正月の風物詩と化した箱根駅伝・・・亜細亜大学の初優勝で2日間の幕をとじた。

箱根駅伝には4つの中継点がある。

course_map この中継点のひとつが、おいらの住む平塚。

子供の頃からテレビで観ていて自分の住む見慣れた景色が目に飛び込んでくると興奮したものだ。

それゆえ思い入れも人一倍ある。

駅伝の物語のひとつにタスキに込める思いがある・・・襷の重みと言われるものだ。

競争である以上、1位の学校があれば、20位の学校も出てくる。そして公道を使って行われる以上、いつまでも時間をかけるわけにはいかない。

したがってルール上、1位の学校が通過してから20分が経った場合繰上げスタートが実行される(幸い今年の大会ではなかった)襷が繋がらないという事態だ。

これが切ない・・・1位の学校に20分以上離された学校の選手は一斉にスタートラインに並ばされ20分のカウントダウンが行われた後、無理やりスタートさせられる・・・母校の襷とは違う繰り上げ用に用意された襷をかけて・・・だ。

タイム的に際どい学校の選手はギリギリまで後ろを見つめる・・・『早く来い・・今ならまだ間に合う!』そんな想いだろう。

一方、渡せなかった襷を持って中継点まで走ってくる選手は、中継点でもはやいない「襷を渡す相手」を探しながら必死の形相でやってくる。

そして渡すことができなかった襷を持ちながら同輩たちに抱きかかえられる・・・悔やみ涙する『あと10秒、20秒早く走れたら・・・」と。

更には体調が悪く、あるいは足を痛め走れる状態ではないのに走るのをやめないランナーもいる。

72回の大会では優勝候補であった山梨学院大学の4区のランナー中村祐二選手が突然歩き出した・・・それもまっすぐには歩けない・・・右に左に蛇行して歩く。

伴走車に乗る監督が「もうやめろ」と声をかける・・・しかし「大丈夫です・・走れます」と歩き続ける(この模様は当時ずっと中継され物議をかもした)

しばらくこの状態が続いたあと、監督が伴走車から降り中村選手を抱きかかえた。

その瞬間、緊張の糸が切れたのか中村選手は監督の胸に倒れこむように泣き崩れた・・・限界を超えてたんだろう・・・タスキをつなぎたい・・・その一心だったんだろうな。

この襷・・・おいら達には計り知れないほど重いのだろう。tasuki

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コメント

今年も脱水状態になりながら必死に走っていた選手がいたね。
毎年箱根駅伝は私のお正月の一つになっていて、今年はニュースで事後報告しか聞けなかったけど、楽しみの一つです。

投稿: めぐ | 2006年1月 4日 (水) 20:41

>めぐさん

箱根駅伝・・なかなか直接観れる機会はないよね。
東京・神奈川県に住む一部の人だけが毎年正月の風物詩として応援に駆けつけてるようだ。
おいらも何度か観に行ったことがあります。
何十分も待って、目の前を走るのは一瞬。
でもね、その一瞬でものすごいエネルギーを感じられる。
頑張ってる人っていいよ。

投稿: ホッシー | 2006年1月 6日 (金) 14:56

ホッシーさんどうもです。
全日本大学駅伝っていうのもあるけど、やっぱり箱根のほうが注目されますよねぇ…

以前は横浜鶴見に住んでいたんですが、そのころは見に行ったことなかったんです。平塚にきてコースがすぐそばでもあり、ここ数年見に行ってます。毎年ドラマがありますよねぇ

投稿: クライフ | 2006年1月21日 (土) 10:22

>クライフさん

ご訪問ありがとうございます。
箱根駅伝はまぎれもなく筋書きのないドラマ・・胸うたれることも多いですよね。
沿道で旗を振って応援したあとは、横浜・鶴見・東京への中継も熱が入りますね(笑)
すっかり正月の風物詩となったこの番組は時間帯もいいんでしょうねぇ・・・。
また遊びに行かせてください。

投稿: ホッシー | 2006年1月21日 (土) 12:06

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