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戦国乱世

火坂雅志氏「天地人」の中にこんな文章がある。

上杉謙信に魅了され尊敬しながらも天下を目指さない主君に対しもどかしさすら覚える兼続。

その想いをぶつける場面がある。

「なぜ天下を取ろうとしないのか!」

これに対し謙信。

『信長の行為は義にあらず。かの者はただ、みずからの利を追い求めているにすぎぬ。人を人として見ておらぬゆえに、無辜の民の命を平然と奪うことができる。目先の利欲しか見えなくなった者は哀しい。わしは信長に、いや天下の万民に、利を得るよりも崇高なものがあることを知らしめたい。人が人としてあることの美しさ、それがわしの考える義だ」と答える。

戦国という時代は、商人はもとより、武将、僧侶にいたるまでこぞって利を追い求める風潮が満ち満ちていた。欲しいものを手に入れるためなら、裏切り、謀略、人殺しと、いかなる手段を用いることもいとわない。自分が上をめざし、利益を得るという目的の前では、親兄弟、妻や子さえも平然と利用した。非情に徹する者だけが、生き残ることができる。それが乱世のならいだと誰もが信じて疑わない。

このページが特に印象に残った。

なんとなく今の時代にも共通するものがあるような気がして・・・。

さらに若き兼続はこうも思う。

最大の悪は、天下を治める力なき支配者が君臨することだ、と。

う~む・・日々支持率が下がるあの方がそうだと言ってるわけではないが(笑

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