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2017年1月

娘夫婦と沖縄

練りに練った4日間の沖縄旅行

娘夫婦が一緒に行こうよと誘ってくれて実現した

正月に沖縄へ行けるだけでもありがたいのに、婿殿と一緒に行けるとは本当幸せなことだよなぁ

A18a

初夢でも見れれば縁起がいいとされる富士山をこの目で上から見下ろす

お正月からツイてる

初沖縄の婿殿をどうやって楽しませてあげようか

考えに考えた結果、離島にも足を踏み入れようと思いついた

観光地然とする沖縄本島だけではなく、素朴なうちなーたいむが流れてる島の生活を味あわせてあげたい

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真冬ながら海に入ったり

B100

ハンモックに寝転んだり

いい時間を過ごせたなぁ

詳しいことは別のブログに残すとして

「また一緒に旅がしたいです」と婿に言ってもらえるなんてありがたい言葉でした

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次はどこに行こうか

それよりなにより…いつまでもいつまでも二人仲良くね

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謹賀新年

そうだった

今年は「おめでとう」と言ってはいけない迎春であった

それでも新しい年だから一年の計くらいは

おいらは幸せである

家族にも恵まれ、誰よりも幸せだ

毎年思ってることだけど、今年はそれを行動に示したい

感謝して生きよう

自分が幸せなぶん、人にも優しくなろう

今年は正月早々近年まれにみる嫌なことがあった

これで今年は…それ以上の悪いことはない

早々嫌なことが終わったと思おうじゃないか

今年も平和に平穏に一年が過ぎゆくように

感謝をしながら生きていこう

皆さんにも幸多き一年でありますように。

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禁煙の如く…

突然襲ってきた不幸

誰も心の準備などできないが

子供たちは皆仕事を休んで通夜告別式とお付き合いしてくれた

千葉に住む息子は当然通夜の日我が家に泊まっていく

藤沢に住む娘夫婦もそんなに遠いわけでもないのに我が家に泊まるという

久々に我が家に活気が戻った

二階の部屋のドアが開け締めの音

気分のいいおいらは通夜ではお腹いっぱいにならんだろうと子供たちを連れて焼肉屋に行った

そして翌日の告別式の朝もにぎやかに過ごした

これがいかん

その翌日、朝目を覚ませば奥とふたり

「そうか…子供たちはもういないんだな」

あの日(子供たちが巣立った日)感じた気持ちが再び蘇ってきた

昔、禁煙をした

タバコをやめたその翌日もまた手がタバコを探したりした

せっかくタバコのない毎日に慣れたところで間違ってタバコを一本ふかしてしまう

そうなればまた元の木阿弥でタバコのない口寂しさが戻ってくる

今回たった一日子供たちと過ごしただけだったが、その一本に手を出してしまったような辛さ

かの阿左田哲也が「禁煙なんて簡単だ、俺なんか何回もやってる」と言ってたが、子離れだけは禁煙のように簡単に実行できるものではない(もちろん禁煙もかんたんじゃない)

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不謹慎

高校時代の友人と一年に一度温泉旅行に行くことを楽しみにしている

母親の看病という理由でひとりがキャンセル

二人では寂しいと都合が悪いと言っていたもうひとりの友人に再アタック

「じゃあ行くよ」ということで再び三人に

それを明日と控えた夜に奥から「義父危篤」の連絡が入った

普通であれば約束をしていた友人達にすぐそのことを伝え宿にもキャンセルの連絡をしなくてはいけないところだが、休みを取らせた友人たちに申し訳ないというのと前日キャンセルでのキャンセル料が惜しいという気持ちが沸いてきてしまった

例えば今夜遅くに亡くなったとして、お通夜はあさって、告別式がしあさって…明日の夜はおいらが家にいても何もすることはできないわな

ってな、不謹慎な考えが…これを道徳ちゃんに話せば「そりゃあまりに不謹慎でしょ、ってか、もう早退して早く奥さんのところに行ってあげるべき」と真っ当に説教される

そりゃそうなんだよ

う~ん…そしてよしゃあいいのに奥に「明日温泉旅行なんだけど」とLINEする

案の定「ごめんなさい、キャンセルしてもらえますか。〇〇君たちにも謝っておいてください」とこれまた真っ当な返信

ここまできてようやくおいらも堪忍し、友人たちと宿に電話した

今思えば当然と思えるのだが、亡くなってから4日間結局何もしないまま仕事に行って通夜の日を待ってたことを思えば…いやいやいやいや

やっぱりそれはないっしょ

申し訳ない。

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そして、お別れ

全員そろっての最後のお見舞いからほどなく

義父は旅立った

仕事中に奥からの「もうダメらしいので病院に行きます」と連絡があった

おいらとしてはどうすることもできずあたふたあたふた

「一緒に行こうか」と連絡するも家で待っててと…

そして深夜、「今亡くなったから」と連絡があった

結婚前にはどなりつけられたこともあったが、結婚後はおいらをちゃん付けで呼び我が家にもちょくちょく顔を見せてくれた

笑顔のじいちゃんだったが、奥と義妹の想いはまったく別のものだったようで最後まで涙をみせることもなかった

だいぶ苦労させられた…とか

寝台車にて平塚まで戻ってきた仏となった義父だったが、ここでも「逝きたくないよ~」駄々をこねたか火葬場の関係で通夜式まで4日間斎場にて安置されることになった

家族葬ということで少人数での式

誰に気兼ねすることもなく気楽なもんだな

それにしても最後まで涙の少ない式典だった

泣いたのは娘とおいらだけか?

自分の時はどうなんだ?と考えさせられたりもする

49日を迎え納骨されてしまえば我が家にも日常が戻ってくる

いや、毎週の奥のお見舞いがなくなったから生活はちょっと変わったか

まあまあまあ、皆さんいろいろと想いはあるでしょうが86年の人生を全うした義父

お疲れさまでした

奥と義妹もお疲れさまでした

せめてあの世からふたりの娘を強く見守っててあげてね

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みんなでお見舞い

奥の父は病に倒れて10年

寝たきりとなり以来ずっと病院のベッドでの生活

その間一度病院を変わり、奥と義妹は車や電車で片道1時間近くをかけて毎週見舞いに行ってる

金銭的な負担はもちろん、週に一度の休みをそれに費やしてきた苦労は計り知れない

おいらも不規則な日々のなか時間が合い気がのれば奥と同行したりもした

見舞いも10年も続けてればとりわけ緊張感もなく、せっかく行くのだから帰りに日帰り温泉に寄ってこようかとか美味しいものを食べてこようかとね、小旅行みたいなものだったりもした

ところが…ここへきて奥たちの動きがあわただしくなってきた

普段そうすることもないのだが子供たちにお見舞い命令

ただならぬ雰囲気に千葉県で暮らしている息子も召集された

勢ぞろいしたメンバーを見ればおいらも午後から仕事とはいえ見過ごすわけにはいかん

おいらの車で全員が行くこととなった

結婚式にも出席できなかったおじいちゃんのためにもと婿さんも嫁さんも一緒に

ベッドで寝るおじいちゃんにお土産を渡し優しい言葉をかけてくれる

まったくもっていい子たちだなぁ

おじいちゃんにもその気持ち伝わったであろう

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